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2007 韓国映画総決算

「あいつの声」の少し批判的な内容です。

ドンウォン君の演技がどうとか…
という内容ではなく
監督の作品に対する考え方、
特に「誘拐」という題材について記者さんの考えです。

まっ、それだけ「話題性」があった作品で
話題になったことが自体が
監督の目的(事件への再注目)を
達成したという考えもできます。

私もこの記者さんの意見には同意ですが・・・

日本での公開あるのかな~。



※「あいつの声」以外の作品は省略しました。
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[年末特集ジャンル決算 �]
10個の作品で見た 2007 韓国映画
 
2007-12-18 午前 11:20:22

<10個の作品で見た 2007 ジャンル決算>

“ジャンル決算”という課題の難しさを悟ったことは具体的に 10編の作品を選定しなければならない圧迫を感じるからだ. 今年封切りした映画たちの名簿をよく見ながら ‘10’という数字が非常に大きい数字なのを今更悟る. 10編を満たすのが本当に易しくない. 今年韓国映画界が処した難しさを反映することだろう? 結局例の固陋な選択基準をもう一度突き付ける. “映画美学を論ずる価値がない映画でも千万人が見たらそれは重要な社会学的価値を持った事件でただ千人の観客が見たと言ってもその作品が映画的価値と意義を持ったら当然彼に当たる関心を持たなければならない”と... ここに登場する作品の順序では文を展開して行く流れによる任意的配置であって決して個別作品の大切さ, 価値に対する等級付与ではないことを明らかにする.

<あいつ声> (迫真表)
<あいつ声>は <死んでも良くて> <お前はネウンミョング> など実話を基盤とした一連の作品を通じて忠武路の興行監督で浮び上がった迫真表監督の三番目作品だ. この映画も 1991年異形号子供誘拐肉である事件を背景にしたファクションで上映当時多い人々の公憤を催したりした. しかし個人的に迫真表監督の作品は彼のあつい人気と反比例してますますもっと悪くなっていると思う. “子供が迷子になった親の悲痛な心を切ながって子供を対象で犯罪をやらかす ‘あいつ’に怒る監督の本気を疑わない”と言う世間の坪と違い私は監督の本気を疑う. それは ‘誘拐’をモチーフにしたもう一つの映画 <密陽>と  比べる時もっとそうだ. 誘拐という行為が映画の中に入って来る時持つ扇情性を意識して子供の声も, 死骸も排除してただ主人公の心理にだけ集中した <密陽>と違いこの映画は誘拐映画ジャンルが活用することができるすべてのエロチックな要素たち, 肉体性を最大限利用する. 魅惑的なカン・ドンウォンの声を通じて繰り返し登場する ‘あいつ声’, 子供の状態によって平定と絶望を行き交う親の赤裸裸の姿, そして遂に悽惨な死骸に帰って来た子供の身を赤裸裸のクローズアップスペクタクルに展示するのにまで. 死んだ子供に対してどんな説明も, 人格化もなしに上映時間始終ただ親の悲痛さをウェソルスロブゲグックオデに子供の腐敗した身を向けてクローズアップして入って行ったカメラはとうとうエンディング部で劇化された場面を実際事件の画面で, スターカン・ドンウォンの声を実際犯人の声で, お母さん役目を一キム・ナムジュの声を実際お母さんの声に変えてしまうまで行く. 一体何のために?? 誘拐ジャンルのお決まりフレームを踏襲する映画街 ‘実話の真正性’を搖り動かす時から不便だった心片わきはこの事件の当事者である被害者家族に対する一抹の思いやりさえない非倫理的結末の前で驚愕に変わらなければならなかった. この映画は露骨的なポルノグラフィーだ.
<カルチャーニュース>

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