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設計図を手に握った俳優

このインタビュー、長いけどいいんです!!。

そのまま、コピーさせていただきました。
明日の続きが早く読みたいです!!


写真もいい。

インタビューへの考えが変わったようです。
「私という人の考えをお見せすることができる席がインタビューしかない」

そのせいか、今日アップしたインタビューはすべて
とっても興味深いものが多いです。
じっくり読みたいし、何度も読み直したい。



Mの演技のこと、日本料理屋のシーンのお話も。

あと、映画をみる手がかり。
幻想や夢の部分は誇張された演技、現実はその演技はないようです。

自分の年齢に対してや、外見に関しても率直に語ってます。
運動ができなくて…自分でも気にしてたのね…。

「三十で移る前, 少年から男に行っている過渡期の感じ」
そんな彼を私は見守って生きたいな~と
思わせるインタです。。。

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(1) 'M'のカン・ドンウォン, 設計図を手に握った俳優
移動陣ドットコム | 記事入力 2007-10-15 02:43
'M'のカン・ドンウォン c。 移動陣ドットコム-キム・ヒョン号

[移動陣ドットコム] カン・ドンウォンは俳優という名前の家を建てる人みたいだ. ‘彼女を信じないでください’で敷地を整えて ‘オオカミの誘惑’で資材を十分に購入した彼は ‘刑事’で心強い礎をおいて ‘私たちの幸せな時間’で丈夫な柱を建てた. その家を完成するのに必ず必要だったら, (声にだけ出演した) ‘そのやつ声’のように煙瓦を整える事にだけ多くの時間をこぼしたりする. そして本格的に壁をあげるのに先に進んで, これから新作 ‘M’を通じて最高のインテリアーデザイナーとあらかじめ会った.

彼が選択して来た映画たちを目を通していようとすると, 本当に彼の手には数十年にわたって作るようになるその家の設計図が聞こえているようだ. カン・ドンウォンは自分がどんな家を建てなければならななのかを分かっている. そして自分にどんな延長があってどんな資材が確保されているかも分かっている. これから家を建てる手順を変えることはできても, 多分彼は空気(工期)を縮める便法を使わないだろう.

カン・ドンウォンは謙遜でちょっと遅い言いぐさの中でも自信感を隠さない学んだ. 韓国人をもっては到底出ることができないという体形とかなりの女俳優より美しいという顔劣らず印象的だったことは自らのスタイルと行かなければならない道を正確に分かっている人の堅い姿勢だった. もう 6本の印象的な映画を撮ったが, カン・ドンウォンは相変らず未来がもっと明るい演技者だ. そして今まで見せてくれたよりこれから見せてくれることがもっと多い俳優はいつも幸せだ.

-先週に終わった第12回釜山国際映画祭の最高スターはカン・ドンウォンさんでした. 私も現場で直接確認するから, 本当に人気がすごいという気がしたが.(笑い)

“先輩たちがたくさん来なくてそうだったです. それで私が相対的にもっとスポットライトを受けたようです. チャン・ドンゴン先輩もいらっしゃらなくて, チョン・ウソン先輩も来なかったでしょう.”

-去る 6日釜山パラダイスホテルシドニールームで開かれた映画 ‘M’の記者会見が破行を経験したことはもちろん映画祭側が前もって記者たちが追われることをまともに予測することができなくて相対的に小さな空間を会見場で取ったからです. しかしそれは逆説的にカン・ドンウォンというスターに対する関心がいくら熱なのかを証明した事例でもあります.

“去る 1年間実は私がこんな席に出たことがなかったです. ‘M’は製作発表会もなかったでしょう. あまり久しぶりに出てみんな知りたかったようです.”

-もうファンや記者たちのこんな反応が慣れましょう?

“ファン合コンのように私を好んでくださる方々だけ集まった席は楽です. ところで釜山映画祭の記者会見みたいな席はまだ恐ろしいです. その記者会見にいらっしゃった方々皆が私を好んでくださるとか ‘M’という映画に特別に関心があってインタビューをしにいらっしゃったのではない側だから, 私もよほど緊張されます.”

-そんな席でもしもあやまちをしようとしますか?

“はい. 公式席上で韓国俳優たちがあまり言えないという話もあるのに, 実はそんな席で言葉あやまちをした番(回)すれば初めから売場される水準まで行くこともあるから, 憚るしかない側面があるようです. そんな席は本当に恐ろしいです. あやまちをしても容納にならないような雰囲気もあるんです. それで気を付けます.”

-俳優たちにはそんな恐怖がみんないるようです .

“すべてそうするんです. 私も自然にお上手になりたいのにもしあやまちをするか心配で初めから言葉を減らして気を付けるのです. ‘ここでは基本だけ欠点’は心があります.(笑い) 私を撮るカメラが一台湾あれば私も自然に動くことができるのに, それほど写真を撮る方々が多い席に立てばどうすれば良いかよく分からないです.”

-そんな席で敢然とポーズ酔ってはいわゆる ‘屈辱写真’が作られたりします.(笑い)

“そうです. そうなことも大嫌いです.(笑い)”

-もし言葉間違いのためそしりのことばを聞いたことがありましたか?

“何の口舌運はなかったです. あんまりそんな席では基本ばかりするから.(笑い) オープンされた記者会見場で言うことと真剣で親密なインタビューで言うことは完全に違うように受け入れられるようです. あ, こんな事がありました. 斉家 ‘刑事’ の時の映画評論家協会が主観するヤングピョングサング授賞式場で監督様の代わりをして作品賞を代理受賞した事があります. 私はその映画でアン・ソンギ先輩の演技が大好きだったから, 受賞所感をする時アンソンベニムを念頭に置いて ‘この映画は私が予想したすべての上をすべて受けたがまだ主演女優賞と助演男優賞が受けなかったから, これからその二つの部門さえ受賞すれば余寒がなさそうです’と言いました. といったところ ‘カン・ドンウォン, 助演男優賞も欲張って’ という題目の記事が浮かびますね.(笑い) その記事以後に多くの箇所で皮肉を聞きました. やっぱりそんなところでは基本ばかりしなければならなかったがですね.(笑い) だから私がこれから映画を 6編したし, ドラマまで打てば 9編をしたのに相変らず恐がるしかないんです.”

-今日この席は恐ろしくないでしょう?(笑い)

“全然です.(笑い) 実は昔にはインタビュー時何のものを言わなければならないかも知れなかったです. ‘この映画をしながら良かったの’と問えば, ただ簡単に ‘良かった’と言って口を閉める式でした.(笑い) これからは私という人の考えをお見せすることができる席がこんなインタビューしかないと積極的に思う方です.”

-イ・ミョンセ監督様の新作 ‘M’で結婚を控えて初恋の記憶を探し込む小説家民友役を引き受けて, 普段と違いくせ毛に角ぷくりんめがねをかけて出ました. 甚だしくは前髪ヘアースタイル自体を M字模様にしたんですって?

“はじめから M字模様にしようとしていたのではなかったです. 撮影の前監督様が劇中人物である民友のスタイルに対するコンセプトをもう持っていらっしゃったんです. くせ毛に脱毛が始まったように, 頭スタイルがちょっとえぐられたのように見えるほうが良いんですって. ところでそれが外国俳優たちには素敵だが, 東洋俳優にはとてもよく似合わないようです. 終えてから髪模様が M字似ていられたことを見たら, 監督様が好きで以後から M字ヘアスタイル話をなさり始めたんです.(笑い)”

-くせ毛や角ぷくりんめがねは誰アイディアでしたか.

“全部監督様つもりだったんです. 出演が決まる前だったが, 私に会って ‘今度はこんなヘアースタイルをして出なければならないことなの’と説明するんですよ.(笑い) その話を聞いてそうすれば面白いという考えがすぐしますね.”

-そのようにやって見たら自らどうだったですか.(笑い)

“確かに年を取ったように見えるんですよ.(笑い) 私は配役と作品によく似合うスタイルだと思いました.”

-‘M’は俳優として違うように演技するしかない映画です. 話が最小限で減った状況でイメージに集中する映画で, リアルな延期よりは人工的な延期をしなければならない作品だからです. 他の映画と比べると ‘M’の延期方式はどう違ったんですか.

“おっしゃるとおり延期のトン自体を人工的でちょっと誇張されるように取りました. それがこの映画によく似合うと思ったんですよ. この映画をしながらまた一つ念頭に置いたことは延期を流動的にしなければならないというのでした. 特定の方式どおり演習を続いてフレームにめりこんだ延期をするよりは, 劇中状況によってかくもしてああにもしながら変化を見せてくれようというのでした. 恐れずに現場で上げようということがこの映画を撮りながら俳優として私が持った目標でした.”

-この映画でのせりふたちはその意味劣らずリズムが重要です. どんなせりふはとても早くて何の意味なのかよく把握されない時もあるのに, 実はそんなせりふたちは観客がその意味を把握しなくても別に問題にならないですね. 映画の中で繰り返される日本料理屋場面みたいな所にカン・ドンウォンさんはせりふをとても早くてコミックなトンで処理します.

“この映画でせりふを処理する方式は確かに違いました. 実は斉家 ‘刑事’を取る時アン・ソンギ先輩が登場する一場面を見ながらすごくやって見たいという考えを中にしました. アンソンベニムがフレームの中に入って行った出たそれとともにとても早くずっと言う場面だったが, そのリズムをもっと誇張された方式で, 現代版で, 一度して見たかったんです.”

-‘刑事’のその場面でも本当にせりふのスピードがすごかったんです.

“はい. ‘M’の日本料理屋場面では私の相手役で出た出版社編集長配役の俳優の方演技もちょっとグァザングドエザンスブニカ. 私はその日本料理屋で感情的に爆発する場面を撮る時その方の誇張されて独特のスタイルをもうちょっと虚荒された方式で繰り返すスタイルの延期をしながら俳優ですごく興味を感じました.”

-その日本料理屋場面は延期に多様な変化が可能な状況なので見守る人にもおもしろかったです. 扇風機帰る音が言葉音に影響を与える方式とか, 皆三回も繰り返されながらまるで輪唱するようにお互いに違う三人の俳優が同じせりふを変奏するように編まれている形式みたいなことがそうだったです. そうだったら, この映画で延期的に一番面白かった場面はその日本料理屋場面たちでしたか.

'M'のカン・ドンウォン c。 移動陣ドットコム-キム・ヒョン号

“はい, 当たります. 喜悦みたいなのがありました. 実はその場面撮影自体は技術的にちょっと難易度が高くて大変だったです. 朝九つの時から準備したが, 午後4時になってからこそ撮影に入ることができたんです. ショートの長さがかなり長いロングテイクだったが, 技術的な問題のためヨルデッボンを繰り返えして取ったりしたんです. その場面たちで民友がつらがるほどその部屋が細くなるように表現されるのに, そんなセットの変化がカメラの動きとよくかみ合うことができなくてずっとN.Gが出ました.”

-民友が心の中に想像するとか夢を見る場面あるいは過去を回想する場面ではスラップスティック・コメディコメディー延期もあって誇張された方式の延期もあってそんな表現法に慣れないどんな観客たちは戸惑うこともできるようです.

“民友が日常では決して誇張された姿を見せないですね. 幻想や夢であるかも知れない場面でばかりそのように表現されました. それが民友という人物の強迫が表出される姿だと思ったんですよ. 私はその二つの種類の民友姿を描き出しながら初めから他のジャンルと思って演技しました. いくら冷徹な人でも誰も自分の想像の中では及ぶこともできるのだからです.”

-ストーリーに付いて行く映画で演技することとイメージを表現する映画で演技することは大きい差があるようです. ストリテルリングを主とする映画は話の進行によって人物の内面を伝達する方式で演技すれば良いが, この映画はそんなことができないはずからです.

“そうです. 話に付いて行く映画は感情線を描いて行くのがどうしてもちょっと易しいです. シナリオ大道にだけ行けば良いから楽です. ところで延期をする人の立場(入場)では後者がもっとおもしろいです.”

-そんな延期は実は俳優に危ないかも知れないという感じです. 話中心の映画は話の流れだけ乗って仮面少なくとも完全に失敗する心配はないですね. しかしイメージ中心の映画は俳優の表現自体が成すことができる振幅があんまり大きくて, よることができるその何もなしに事実上大根で油を創造する方式に近くし出さなければならないことだから, 成功した時のぴりっとする喜悦と劇的に対比される悽惨な失敗も可能になるというんですよ.

“その点に対しては私もよく分からないです. しかし私は俳優が失敗したら, それは真似だけ出したからなと思います. 人物を自分のので消化して真実に表現すれば必ず成功すると信じます. イメージ主の映画でも, もし俳優が真似をしないで自分の物をジキョネンダなら結局俳優は出ることをんと思います.”

-劇中ではゾングフンフィシの歌 ‘霧’が何回も流れ出ます. カン・ドンウォンさんがその他を持って直接呼ぶ場面もあります. 最近BoAさんがリメークしたりしたが, 実はこの歌はカン・ドンウォンさんが生まれるずっと前に出た歌ですが(笑い), その歌を歌う時どんな感じでしたか.

“この歌がそんなに古かったんですか? 私は映画を撮りながら初耳だったが, 全然古い曲という感じがしたです. 今度BoAさんがリメークしたのが大好きでもあったんです. 元々は私が直接その歌を歌う場面がなかったです. ところが, 撮影の中で監督様がある日急に私に二日後ギタチとこの歌を歌う場面を撮らなければならないというんです. 私がその他が打つ事ができないから大変な事になったと思いました. 結局ぶっ通しで一日練習してその場面を撮ったんです. 一日したこと打ってからは悪くなかったようで幸いだったです. 私はその歌を特別に感情を入れないで節制しながら清く呼ぼうと思いました. それがその場面や私の感じに迎えるようでした.”

-‘M’の過去場面たちは画面の色合いと延期方式で現在場面たちと完全に他の感じを与えます. ‘M’は結局過去の初恋を尋ねる映画だから. 演技者としても過去場面たちは他の心得で取ったんですか?

“はい. 演技する感じが違いました. 民友が現在は一癖がちょっとあっても, 過去位は純粋な感じがあるんじゃないか. 言わば ‘私, 何も分からないです’ 感じだと言いましょうか.(笑い)”

-‘お兄さん’よりは ‘弟’にもっと近いカン・ドンウォンさんのイメージを思う時, いたわしい字がもっと入って行けば完璧のようです. それは ‘お姉さん, (私は) 何も分からないです’の感じですよ.(笑い)

“そうでしょうか?(笑い) ところが, 劇中微微駅に出る李延喜さんもそんな感じを与えるんじゃないか? だから二人の出る場面たちは ‘われらは何も分からないです’の感じですよ.(笑い)”

-演技に対する欲心がすごく多いようです. 本人の出演作外に ‘あの映画に出演したらどうだったろうか’と想像して見た作品があるんでしょうか.

“運が良くも今までは私がしたい作品を続くことができたようです. ところが, 敷布団近来にそんな想像をして見た作品が一つありました. キム・ジウン監督様が取っている ‘良いやつ, 悪者, 変なやつ’でした. 機会が触れなかったが, 参加したらすごく面白かったんと言う(のは)考えをします.”

-今年で二十六つです. 二十六つと言う(のは)年に対してどんなに感じますか.

“うん, あの二十七ですが.”

-万で二十六つと言う(のは)ことですよ.(笑い)

“二十六つだとおっしゃるから, 訳もなく気持ちがよくなりますよ.(笑い)”

-その笑いの中に私の質問に対する返事がもう聞いていることも同じですね.(笑い)

“二十代が終わって行くからこっそりほろ苦い気がします. 私より年上な方の前でこんな言葉真書申し訳ありませんが.(笑い) このごろつくづくと感じることは私が曖昧な時期にあるということです. 一種の過渡期に置かれているようです. 三十で移る前, 少年から男に行っている過渡期の感じと言えよう. 私の自らの外貌でも同じ感じを受けています.

-外貌がどんなに変わっているようですが?

“言葉とおり曖昧に変わる感じですよ.(笑い) 私は自分の顔を見てからも冷情に分析する方だが, 鏡を見ていれば本当にそんな気がします. 私がこのごろ運動ができなくて状態がちょっと良くないようでもあるんです.(笑い)

-カン・ドンウォンさんの故郷は慶南昌原です. イメージでは ‘慶尚道男’的な感じがほとんどないのに, そんなカン・ドンウォンさんにも ‘慶尚道男’的な何かがありますか?(笑い)

“多くはないようです. 演技生活しながらたくさん消えたんです. 敢えて残っていたら私が表現を間違うということをあげることができるでしょう. 巻き中ではありがたくても言葉ではありがたさをよく伝えることができずに, 褒め言葉にもけち臭い方です. ところでそれもたくさん変わりました. ありがたいという話もたくさんして, 意図的に感情表現も積極的にしようと思うんですよ.”

-映画では特別にそうではないが, こんなに話し合う時はこっそりなまりが滲んでいる言いかたを使います.

“演技する時は使わないが, 普段には少しずつ出ます. ところで普段にはそんな言いかたを変えたい気がないです. ちょっと生意気に聞こえるかも知れないが, 私はこんな私の言いぐさが良いんですよ.(笑い)”

(このインタビューの後半部は 10月16日付け ‘移動陣の映画風景’につながります.)

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